はおくすり手帳を持たない患者は4月から医療費が40円高くなる!
早川幸子
2年に1度の医療費の改定の時は期がやってきた。
この連載で、「おくすり手帳を断ると医療費が20円安くなる」ことを書いたのは2014年2月のこと。あれから早2年。今年は「おくすり手帳」の扱いが大きく変わることになった。
これまでは、おくすり手帳への記載を断ると医療費が安くなったが、今年4月からは、反対におくすり手帳を持たずに調剤薬局に行った患者は、医療費が高くなってしまうのだ。
東日本大震災で見直された
おくすり手帳の報酬
おくすり手帳は、病院や診療所で処方された薬の情報を記録し、重複投与や相互作用による健康被害から患者を守るために、薬剤師たちの手によって作られた手の平サイズの手帳だ(詳細は、本コラムの第76回参照)。
当初、おくすり手帳は、一部の調剤薬局や病院が始めた無料のサービスだったが、薬の飲み合わせのチェックや医療費削減効果が期待され、2000年から正式に国の制度に採用された。そして、この年に新設されたのが「薬剤情報提供料」という薬局の報酬だ。
薬剤情報提供料は、手帳を希望する患者に対して算定できる料金で、薬局はおくすり手帳に薬剤情報を記入した場合に、処方せんの受け付け1回につき150円の報酬を得られることになった(患者負担は3割で約50円。算定できるのは月4回まで)。
おくすり手帳の評価を高めるきっかけになったのが東日本大震災だ。被災地で、おくすり手帳を携帯していた患者は、持っていなかった患者よりスムーズに診療や投薬ができた事例が数多く報告されたのだ。
そこで、震災後の2012年の改定では、「薬剤情報提供料」を廃止する代わりに、おくすり手帳に調剤した薬の情報を記載することを義務づけた「薬剤服用歴管理指導料」が新設されたのだ。
2012年度の改定で、薬剤服用歴管理指導料は処方せんの受け付け1回につき410円に決められた(患者負担は3割で約120円)。この報酬を得るには、①文書による薬の説明、②患者の服用履歴の記録と指導、③残薬の確認、④後発医薬品についての情報提供に加えて、⑤おくすり手帳への薬剤情報の記載、の5項目すべてを満たすことが条件だった。
ただし、手帳を持っていない患者には、薬の名称、用量・用法などが書かれたシールやメモを渡すだけでもよいとされたため、患者におくすり手帳の重要性を啓蒙することなく、とりえあえずシールだけ渡して指導料を算定するといったことが横行していたのだ。
厳しい判断が下された
2014年の調剤報酬改定
こうした一部の薬局の対応が問題視され、前回(2014年度)の改定では、薬剤服用歴管理指導料が、おくすり手帳での情報提供が「あり」の場合は410円、「なし」だと340円の2段階に分類された。
患者の自己負担額は、3割負担の人だとおくすり手帳「あり」は約120円、「なし」だと約100円。つまり、おくすり手帳を断ったほうが、患者の自己負担額は20円安くなる。
薬の健康被害を防ぐためには、おくすり手帳は誰でも持ったほうがいい。だが、毎日、限りある収入で家計費をやりくりしている人にとっては、調剤薬局での20円は決して軽いものではない。
それまで、薬剤師からおくすり手帳の重要性を教えられてこなかった患者が、「おくすり手帳を断ったほうが、20円安くなっておトク」と思ったのは当然の成り行きともいえる。その結果、おくすり手帳への記載を断わる患者が出てきてしまったのだ。
また、算定要件を満たすために、表紙と裏表紙合わせて8ページの“おくすり手帳もどき”にシールを貼って渡す薬局も出現した。そのため、ひとりの患者が何冊もおくすり手帳を持つという事態が起きてしまったのだ。
本来、おくすり手帳は、複数の医療機関から処方された薬の情報を1冊にまとめることで、重複投与や相互作用を防ぐために作られたものだ。それなのに、次々と手帳を発行されたら情報が分散して、飲み合わせのチェックができず、おくすり手帳を持つ意味がなくなってしまう。
2014年度の調剤報酬の改定は、おくすり手帳をめぐる諸問題を社会に知らしめることにはなったが、「患者の健康被害を防ぎ、医療費削減に役立てる」という本来の目的からは、大きく外れたところに着地する結果となった。
こうした失敗を経て、行われたのが今年度の改定だ。これまでとは反対に、おくすり手帳を持たずに薬局に来た患者の自己負担が高くなるように設定し、手帳を携帯することの経済的メリットを打ち出したのだ。
毎回、同じ薬局を利用して
おくすり手帳を持参する
これまで、おくすり手帳ありの場合が410円、なしだと340円だった薬剤服用歴管理指導料が、4月から原則的に次のように改定される。
1.過去6ヵ月以内に来局し、おくすり手帳を持参した患者は、処方せん1回につき380円。患者負担は3割で約110円。
2.はじめて来局したり、おくすり手帳を持参しなかった患者は、処方せん1回につき500円。患者負担は3割で約150円。
患者負担の差は、処方せんの受け付け1回につき約40円。これまで病院やクリニックを受診するごとに、それぞれ違う薬局で何気なく薬を受け取っていた人も、4月以降は利用する薬局を決めて、毎回同じところにおくすり手帳を持っていくほうが医療費は安くなる。
これは、患者が利用する薬局をひとつに決めてもらい、その薬局で継続的に服用管理をすることで、飲み残しや不適切な薬の処方を減らし、国の医療費削減につなげるのが目的だ。また、重複投薬や相互作用による健康被害を防げるようになり、患者にとってもメリットの大きい改定といえるだろう。
ある薬剤師は、今回のおくすり手帳をめぐる改定についてこう話す。
「おくすり手帳がないと、他に服用している薬があるかどうか分からず、患者さんへのヒアリングなどで薬剤師の手間が増えます。でも、患者さんがおくすり手帳を持ってきてくれれば、どんな薬を使っているかが一目で分かり、業務効率は上がります。手帳を持参する患者さんの医療費を下げ、持参しない患者さんの医療費を引き上げたのは、理に叶った改定だと思います」
自分の薬を知る手掛かりは
おくすり手帳と薬局の薬歴
ただし、今回の改定では、処方せんの取り扱い枚数など薬局の規模によっては、おくすり手帳を持参しても薬剤服用歴管理指導料が安くならないケースも出てくる。
たとえば、大病院の処方せんを集中的に受け付けている調剤薬局などでは、おくすり手帳のあるなしにかかわらず、薬剤服用歴管理指導料が500円(患者負担は3割で約150円)になる。
だが、自分が利用している薬局の規模にかかわらず、手帳は持参してきちんと服用している薬の情報を記入してもらうようにしたいもの。
というのも、最近は後発医薬品(ジェネリック)の処方が増えているので、自分が服用している薬の名前(商品名)は医師が発行する処方せんを見ただけでは分かりにくくなっているからだ。
医師がジェネリックを処方するときは、通常、薬の商品名ではなく、成分名が処方せんに書かれている。これは一般名処方というもので、薬剤師はその成分名から、その時に薬局にあるジェネリック医薬品を患者に調剤している。
薬を処方した医師も、患者が実際に飲んでいる薬の商品名が分からないこともあるため、ジェネリック医薬品の普及が進んでいる今、自分が飲んでいる薬の服用履歴はおくすり手帳と薬局の薬歴で管理しておく必要があるのだ。
薬局の規模にかかわらず、おくすり手帳に持っていっても医療費が高くなるわけではない。4月からは、おくすり手帳を携帯する習慣をつけ、薬局に持参するようにしよう。
おくすり手帳を携帯していれば、事故に巻き込まれたり、旅先で体調を崩したりして、突然、医療機関を利用するようなことが起こっても、ふだん使っている薬がひと目で分かり、適切な治療が受けやすくなる。
とくに持病やアレルギーのある人は、自分の健康を守るために必ずおくすり手帳を携帯しておきたいもの。過去に飲んだ薬の副作用、ふだんよく使っている市販薬やサプリメントなども記入しておくと、薬剤師から薬の服用についてのアドバイスもしてもらいやすくなる。
4月以降、薬局側からすると、患者がまじめにおくすり手帳を持ってくると、報酬が減ることになるため、あえて手帳の存在を患者に知らせない薬局が出てくるとも限らない。
だが、今回の改定では、薬局がおくすり手帳を持つ意義、正しい使い方などを患者に説明して、その必要性を確認することも義務付けている。その上で、あえて手帳を作らなかったり、複数の手帳を1冊にまとめなかったりして、薬剤服用歴管理指導料を500円徴収することになった患者については、その理由を薬歴に記載することが通知された。
国は、薬局に対しておくすり手帳の啓蒙を釘刺しているのだ。
4月以降、調剤薬局に行っても、おくすり手帳の持参を求められず、高い薬剤服用歴管理指導料が請求され続けることがあったら、それは薬剤師の怠慢ということになる。
もしも、そんな場面に遭遇したら、あなたのほうから薬剤師に教えてあげよう。「おくすり手帳持っていますよ」と。
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おくすり手帳を持たない患者は4月から医療費が40円高くなる!
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